出産の痛み

出産の痛みがどのくらいのものなのか、について、芥川賞受賞作家の川上未映子さんが出席した母親学級で「人間が感じる痛みの痛さの順位」のスライドを前に院長先生がこう言っていたそうです。

院長「みなさーん。たとえば、切り傷、は、このあたりですね~」
院長先生は、縦に伸びた線のしたのほうをペンでさして、このあたりですね~と強調した。
「で、捻挫、はこのあたりですねえ~」とその少しうえをペンでしゃっしゃっ。
「で、火傷。火傷はやっぱり痛くてですねえ、ちょっとうえのほうまでいきま~す」

妊婦たち「………」

院長「で、つぎは骨折。これも、いたーいです。なので、このあたり」
さらにうえのあたりを、またもやしゃっしゃっ。

妊婦たち「………」

院長「まあほかにも色んな痛みがあるんですけれど、人間が感じる痛みのなかでもーっとも痛いとされているの、なんだか知ってますか~?」

妊婦たち「(し、しらない………)」

院長「それは? 指のせつだんっ、なんですね!」

妊婦たち「(ゆ、指の切断……)」

院長「指を切断するのが、人間の最大の痛み、といわれているのです!」

妊婦たち「(そ、そうなんだ……)」

院長「で、出産がどのあたりかというと?」

妊婦たち「(……ごくり)」

院長「それは~、」

妊婦たち「(………)」

院長「ここっ!」

次の瞬間、院長は思いきり腕をのばして、その<指の切断>の、はるかはるかはるかうえの、もうほとんど枠外といってもいいようなポイントを半ばジャンプするようにペンで猛烈にアタックしたのだった。

…痛そうですね。

ならば、麻酔をかけて行う帝王切開が痛くないのかというと決してそうではありません。

川上さんは「いざ出産」となった時に、子宮口がひらかないため急遽、帝王切開となりました。「腹を切る」ということが、いったいどういうことなのか、再度川上さんの言葉を借りたいと思います。

切ったあとを縫い合わせている時に川上さんは聞きました。

「先生、い、いまどんなあんばいですか」

「あ、いまおなかの外にあった子宮をなかにもどしてます。それから筋肉を縫って、皮膚を縫いますからねー」

「(子宮が、そ、外にでてたの……)」

処置の後、部屋に戻る時に急激な寒気がおそってきて震えが止まらなくなり、がたがたと体が上下して肩が跳ねてストレッチャーが音をたて、おなかを切ったために39度の熱が出ていたけれども、疲れて眠りについた川上さんは深夜の2時に目が覚めました。

「世界が痛くて目が覚めた」

その後はひたすら「痛い」が続きます。

「痛い。ぜんぶが痛い。いったいなにが痛いのかわからなかったけれど、とにかくすべてがものすごく痛い。」

「あとでこの夜の記録をみると『 帝王切開 まじやばい 』とだけ記されていて、それ以降の9日間、完全に白紙になっているのだった」

「とにかく、息をしても、しなくても痛い。とにかく傷が、焼けるように痛い。生命の危機というものを感じたのはこれがはじめてだったかもしれない。閃光のような、鳴るような痛み。しかし、まばたきしているだけで世界がゆがむほどの痛みのなかにいるのに、信じられないことにこの昼からわたしは体を折り曲げて起きあがり、生まれたばかりの息子に授乳しなければならないのである。そして、傷の癒着を防ぐために、今日からふつうに歩かなければならないのである」

「おなかを切られる、腹筋や皮膚や子宮を十数センチ切られる、ということがどんなことか、知らなかった。顔を動かすだけで、腹筋を使っているだなんて、知らなかった。何かを思うだけで、おなかにちからが入っているだなんて、知らなかった」

痛みには個人差がありますので壮絶に苦しむ方もたいして痛くない方もおられると思いますが、決して帝王切開だから「痛みなく産める」わけではありません。「おなかを痛めて産まない母親は・・・」といわれる筋合いもありません。

出産方法は赤ちゃんとお母さんに一番リスクが低い方法がベストです。どのような方法であれ、楽な出産などありません。赤ちゃんが産まれたらお父さんをはじめまわりの方には精一杯のサポートをしてほしいと思います。

<参照>
■川上未映子、『きみは赤ちゃん 』、文藝春秋

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