日本における「うつ病」の変遷

Illustrated by Tossan

厚生労働省のデータによると、1996年に約43万人だったうつ病を含む気分障害の患者は、2017年には約128万と著しい増加を見せています。しかし、国立精神・神経医療研究センター名誉理事長の樋口輝彦先生は、「『患者数』は増えたが、『患者』が増えたわけではない」と言います。「患者数」が増えた理由について樋口先生はうつ病の概念が広がり、それによって診断される数が増えたこと、そして「受診者数」が増えたことを挙げています。

日本では1990年代後半からうつ病患者数が増加の一途をたどっていますが、BBC NEWSの記事、「いかに日本はうつ病を信じるようになったか」では、その原因として2つのことを挙げています。

ひとつは製薬会社のマーケティングです。一度は「日本にはうつ病のマーケットがない」と断念した製薬会社ですが、「日本人は精神病に非常に抵抗が強いから、『体の病』としたらよい」と戦略を改め、「うつは心の風邪」というキャッチフレーズを使用したマーケティングで大成功しました。

もうひとつは電通事件で、これは電通社員が過重労働による精神疾患で自殺した責任は電通側にあるとした最高裁判決です。その後、ストレスチェック制度の法制化が進められたこともあり、「うつは大きなストレスがかかれば誰でもなりうる」という認知が広まりました。このようにしてうつ病のイメージが変わったため、心療内科受診のハードルが低くなったということが患者数増加に表れています。

かつては薬を飲めばうつは治ると思われていましたが、プロザック販売から四半世紀が過ぎ、軽症のうつ病患者の第1選択肢は抗うつ薬ではなく、精神療法の方が効果があるという見解も出てきています。病気や症状そのものは変わらなくても、社会が変わり、人々の認識が変われば対処方法も課題も変わっていきます。うつ病に限らず、病気がその社会でどのように扱われてきたのかという変遷を長期的なスパンで見直すことは、臨床に携わる方にとって時に必要なことだと思います。

<参照>
■クリストファー・ハーディング、「いかに日本はうつ病を信じるようになったか」、BBC NEWS、2016年8月4日
うつ病は本当に増えたのか【平成の医療史30年◆精神科編】、m3.com、2019年3月14日■厚生労働省、精神疾患のデータ
■北中淳子、『うつの医療人類学』、日本評論社