【BOOK】『読む漢方薬』


Illustrated by kon.

漢方を学ぶ人なら知らない人はいないほど有名な書物、『本草綱目』には首をかしげたくなるようなものも薬として記録されています。

例えば、ぞうりは陣痛促進剤として使われていました。道端に捨てられたぞうりを燃やした灰を酒で服用すると出産を促すことができるとされています。ただ、ぞうりは慎重に選ばなければいけません。なぜなら、左足に履いていたぞうりを使うと男の子が生まれ、右足に履いていたぞうりを使うと女の子が生まれるからです。また、裏返しになっているぞうりを使うと死産になり、横向きになっているぞうりを使うと子供がひきつけを起こします(『続名医類案』)。

ぞうりを陣痛促進剤として使う理由について、『続名医類案』には「ぞうりには人の体の一番下にある気がしみ込んでいるので、子どもを下に向けて押し出す力が備わっている」とあります。

漢方を学ぶそもそもの理由は「この薬はどんな病気に効果があるのか」「どのくらいの量を使うのか」「副作用はないのか」を知ることです。ところが、村上文崇さんの『読む漢方薬』は薬として役に立っているとはまるで思えない漢方にまつわるよもやま話で満載です。

「どうしてこういう本ができたのか」について、あとがきから引用します。

漢方は、人間社会の縮図です。

病気から逃れたいという真摯な気持ち、楽してキレイになりたいというナマケ心、誰かを殺して利得を得ようという邪念。(略)その中で、この本でご紹介したような様々なエピソードが生まれてきたのです。すなわち、漢方のオモシロさは人間の心と社会そのもののオモシロさなのです。

でも、漢方はやっぱり医学です。ですから、「役に立たないオモシロ話なんて必要?」とか「昔の間違った治療法なんて聞いてもしょうがないよ」という考え方もあります。ですが、私は「役に立つ」とか「正しいこと」にしか興味が向かないのも、一種の病気なのだと思っています。

現代社会には、「正しさ」「無駄のなさ」「失敗のなさ」をあまりに重視しすぎる風潮があります。それらは本来、ある程度の「すき間」が許容されるべき人の心にはそぐわない観念です。それゆえに、この社会には不安、侮り、怒りなどの不健康な情緒があふれているのです。(略)だからこそ、楽しく過ごすことが非常に大切です。

そう、「健康に生きる」とは「楽しく生きる」ことなのです。

専門医である私がなるべく皆さんに漢方をオモシロがってほしいと思うのは、漢方のお堅い、マジメ、とっつきにくいなどのイメージが、漢方の目指す方向性と全く違うからです。もっと楽しく、もっとリラックスして、笑いながら生きる。それが、漢方が本来目指す理想なのです。

漢方の「文化」としての側面に光を当てると、こんなにおもしろい話がたくさんあるということに改めて気づかされます。思わず笑ってしまったり、誰かに話したくなるエピソードが次々と出てきます。年末年始の一冊におすすめです。

2020年も残すところあとわずかとなりました。みなさまには大変お世話になり、誠にありがとうございます。年明けには、また元気な姿でお会いできますことを心から願っています。
来年もどうぞよろしくお願いいたします。

<参照>
■村上文崇、『読む漢方薬』、双葉社

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