【BOOK】『不妊治療のやめどき』 「不妊治療をやめる理由」を探すためではなく、治療をもう一度振り返るために

このブログを読んでおられる方は、赤ちゃんがほしいと思っておられる方、妊娠を望んでおられる方をサポートしたいと思っておられる方がほとんどだと思いますので、『不妊治療のやめどき』というタイトルの本を紹介されてもちょっと・・・と思われるかも知れません。

しかし、医療技術の進歩で、以前ならあきらめなければならなくても「治療ができてしまう」環境は、患者さんにとってはうれしい反面、やめたくない、やめられないという厳しい状況でもあります。

私は「体外受精がうまくいきません。疲れてしまって、もうどうしたらいいのかわかりません」と相談された時に、「体がしんどくなってきたと感じるなら、率直に言って半年ほど休んだ方がいいです。半年が無理なら、3カ月でも休んだ方がいいです」と言ったことがあります。

不妊治療をされている方は「本当に赤ちゃんがきてくれるのだろうか」という先が見えない不安でいっぱいです。何度も治療を繰り返していると、このまま続けていくことに疑問を感じ、「治療をやめる」ことが頭をかすめます。

そして、不妊治療に携わっている先生方は、治療がうまくいかない患者さんから「どうしたらよいかわからない」という相談を受けることも多いと思います。「答えは患者さん自身が持っている」、それはそうなのですが、当事者の思いを少しでも知ることは不妊治療に携わっている先生方にも有用であると思います。

本書には自分の子どもを持つことをあきらめた方々の体験が記されています。患者さんの「治療の区切り」は本当に人それぞれで、やめると決めたからスパっと割り切れるわけではなく、大なり小なり気持ちを残しながら揺れ動いている方がほとんどです。そんな方々の言葉が簡潔にまとめられているのは参考になります。

著者の松本亜樹子さんが「ぜひ伝えたい」と思うことの一つに「悲しむことを我慢しない」ということがあります。

期待するとその分ひどくがっかりしてしまうことを自分でわかっているので、防衛本能から、最初から期待値を低くしてしまう。そうして悲しみの量を少なくしようとしていたのだと、しみじみ思います。
そんなふうに、悲しむことすら我慢してしまう。こういう人はけっこういます。
けれど、もっと悲しんでもよかったのかもしれません。
素直に期待して、ダメだったら泣くだけ泣いて、その方がすっきりできたのかもしれません。
※『不妊治療のやめどき』、p50より引用

ピクサーの映画、『インサイド・ヘッド』を思い出しました。『インサイド・ヘッド』の登場人物は、ある女の子の頭の中にあるヨロコビ、カナシミ、イカリ、ビビリ、ムカムカの感情です。女の子は転校で新しい学校になじめるか不安で、本当は泣きたいのに「がんばろう!」と無理をするので心が不安定になっていきます。でもやっぱり耐えられなくて女の子の気持ちが崩れていき、それを止めるためにヨロコビとカナシミが脳の中を冒険する、という展開です。

途中、落ち込んでいる友達をヨロコビがどう励ましても反応しなかったのに、カナシミが立ち直らせる場面があります。「カナシミ、何をしたの?」と聞くヨロコビにカナシミは言います。「何もしてない。ただそばにいただけ」

女の子は転校して悲しい気持ちを両親に遠慮して表すことができなかったから、自分の心を壊してしまいます。「悲しみはない方がいい」と思われがちですが、大切な感情であるということを改めて思います。悲しみの気持ちがないと、困っている人や苦しんでいる人たちの悲しみもわかりません。

この本はタイトルこそ『不妊治療のやめどき』ですが、不妊治療をやめようかどうしようか迷っていて、「不妊治療をやめる理由」を探すために読む本ではないと思います。むしろ、今行っている不妊治療をもう一度振り返り、整理するのに有用な内容です。この本を読んだら問題が解決するわけではありませんが、患者さんが自分なりに進んでいく支えの一つになるかもしれないと思います。

<参照>
●松本亜樹子、『不妊治療のやめどき』、WAVE出版

●邵輝、「ベビ待ち 臨床の現場から」、健康プラス vol.18、2012
●Illustrated by モネコ

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