花火の中でもいちばん地味な、しかしいちばん思い出深いのは線香花火ではないでしょうか。国産の線香花火の火薬の主な原料は、松をいぶして作る松煙です。
松はいろいろなものに使われますが、中国では仙人の食べものとして知られます。松の実以外にも世界各地で多くの部位が食用として用いられてきました。
スカンジナビア半島北部のサーミ人は、松の樹皮の内側を乾燥させてすりつぶし、薄くのばして焼いた樹皮のパンを食べていたそうです。大航海時代、ビタミンC不足で多くの船員が壊血病で亡くなりましたが、ヴァイキングはビタミンCを含む松の樹皮を混ぜたパンを食べていたため、壊血病にかからなかったと言われています。
似たような話として、戦後、ソ連の収容所でビタミンC欠乏から壊血病が蔓延したとき、ビタミンAとCを豊富に含む松葉を煎じて飲んだという話があります。
松葉は薬としても有用で、様々な医書に打撲、手足のしびれ、胃腸病、中風、高血圧、目、歯槽膿漏、神経痛など民間療法における松葉の薬効がたくさん書かれています。
線香花火は火花のようすが順に変わっていきますが、そのなかでいちばん勢いがあるのが「松葉」と呼ばれ、つくづく松と縁の深い花火であると思います。
松のように、いつまでも夏には皆で線香花火を楽しめる日々が続くことを望みます。
<参照>
■ローラ・メイソン、『松の文化誌』、原書房