東洋医学と科学的アプローチ

 


Photo by シルバーブレット

京都の老舗料亭、菊乃井の村田吉弘さんは「日本料理を正しく世界に発信する」ことをライフワークとされており、そのためには科学的な分析が不可欠だと言います。

例えば、焼く前に「薄塩をする」と言われてもどうすればよいかわかりませんが、「薄塩は全体量の1%、濃い塩は3%」と言われたら誰でもわかります。

「科学と物理は万国共通です。タンパク質の凝固温度が国によって変わるわけあらへん」という村田さんは、親方の勘と経験を数値で示すことで、日本料理を世界に発信する一助としています。

一方で、これが日本料理の繊細なところであると感服しますが、菊乃井は東京の店に、ずっと京都から水を運んでいます。

というのも、東京の水で引いた昆布出汁を本店の5人の料理人に飲ませると、全員が「どこか違う」と言うので、京都から水を取り寄せて出汁を引くと、五人とも「大将、これや」と言ったからです。

このことについて、村田さんは「科学的には同じ水のはずで、飲んでみても同じ。せやけど、出汁を引いてみると違う。自然のものには完全に科学で解明できない部分が残るんです」と言います。

この話を聞いて、東洋医学も同じだと思いました。

東洋医学には、生薬や鍼灸など長い年月の中で淘汰され、残り続けてきたという根拠がありますが、現代においてこれらを世界に発信するときは、やはり数値で説明する必要があり、近年、東洋医学関連の論文が多数発表されていることからもそれは明らかです。

数値化して、一般化してしまったらもはや東洋医学ではないと言われることもありますが、それでも東洋医学を違う文化圏で発信していくなら、まずは概要を数値で明確に示すことが先決であると思います。

私は、論文を発表し、同時に直接お話しできる機会を持つことの両方を継続しています。

効率だけで言えば、大きな会場で講演をしたり、インターネットで動画を公開する方がよいのかもしれませんが、その方に本当に合うものをお伝えするために「この場合はこうしたらよい」という感覚的なものや例外的なところを、直接、丁寧に伝えていくことで東洋医学の奥深さがわかります。

その方の血肉になった知識や経験は、きっと形を変えて次に受け継がれていきます。

手間がかかること、このうえなしですが、本当に大切なことはそうやってつながっていくのだと思います。

<参照>
■村田吉弘、『和食のうま味を世界が認めた』、文藝春秋 令和4年11月号